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会津の観光スポットと言えば何処でしょうか?

会津の温泉ランキング

 

よく会津人は頑固だと言われますが、その根底には「什の掟」の最後に記される「ならぬことはならぬものです」といった精神的支柱があるのかもしれません。つまり、理屈ではなく「ダメなものはダメ」、という教えに基づく厳しい考え方です。会津藩では次代を担う青少年の教育にことのほか熱心でした。学問好きの藩祖保科正之の影響が大きかったのでしょう。家老田中玄宰の進言で5代藩主松平容頌の寛政2年(1805)には藩校日新館ができました。「什の掟」は日新館入学前の藩士の子弟が毎日午後に仲間の家に集まり、遊びの前に話し合う自治的な定めです。現代では通用しない内容もありますが、その考え方や掟の価値は再び注目されています。河東町には忠実に復元した會津藩校日新館があり、当時の少年たちの勉強ぶりを知ることができます。また、鶴ヶ城の西の藩校跡地に当時の天文台跡が残っています。会津観光に欠かせないのがなんと言っても人気温泉旅館。⇒会津 温泉 ランキングで評判の高い温泉旅館を確保してのんびりと観光をお楽しみください。

 

 

鶴ヶ城天守閣(国指定史跡・若松城跡)

 

鶴ヶ城は今から約630年ほど前に、その前身ともいえる東黒川館を葦名直盛が築いたのがはじまりと言われ、戊辰戦争では約1ヶ月に及ぶ激しい攻防戦に耐えた名城として、その名を天下に知らしめました。

 

明治7年に取り壊されましたが、昭和40年に再建、平成13年には天守閣に続く建物「干飯櫓・南走長屋」が江戸時代の工法・技術を用いて復元されました。天守閣の内部は郷土博物館となっており会津の歴史に触れることができます。 平成23年には赤瓦へのふき替えが完了し幕末当時の姿を再現し、現存する天守閣では国内唯一の赤瓦の天守閣となっています。

 

 

さざえ堂(国指定重要文化財)

 

会津さざえ堂は寛政8年(1796)福島県会津若松市の飯盛山に建立された、高さ16.5m、六角三層のお堂です。正式名称は「円通三匝堂(えんつうさんそうどう)」といいます。(重要文化財指定名称は「旧正宗寺三匝堂」)
当時飯盛山には正宗寺(しょうそうじ)というお寺があり、その住職であった僧郁堂(いくどう)の考案した建物です。

 

かつてはその独特な2重螺旋のスロープに沿って西国三十三観音像が安置され、参拝者はこのお堂をお参りすることで三十三観音参りができるといわれていました。また、上りと下りが全く別の通路になっている一方通行の構造により、たくさんの参拝者がすれ違うこと無く安全にお参りできるという世界にも珍しい建築様式を採用したことで、建築史上その特異な存在が認められ、平成8年に国重要文化財に指定されました。

 

 

白虎隊十九士の墓

 

戊辰戦争のおり、16〜17歳の少年たちで編成された白虎士中二番隊が戸の口原合戦場から退却し、滝沢峠の間道を通り、戸の口堰の洞門をくぐり飯盛山に辿り着くと、鶴ヶ城の天守閣は黒煙の中に見え隠れして、「城は陥落したか、今は主君のために殉じよう」と、全員が自決しました。

 

20名のなかで1人だけ生き残った 飯沼貞吉 によって、白虎隊の忠義と悲運の物語は広く人々に知られるところとなりました。春と秋の年2回行われる墓前祭では、白虎隊を偲びその霊を慰める剣舞が奉納されます。

 

 

会津武家屋敷

 

会津武家屋敷は江戸時代の会津藩家老西郷頼母の屋敷を中心に、福島県重要文化財である旧中畑陣屋や数奇屋風茶室、藩米精米所などの歴史的建造物が軒を連ねる屋外博物館(ミュージアムパーク)です。

 

江戸中期の和建築の枠を集めて造られた38部屋ある家老屋敷では各部屋をどの様に使用していたかをろう人形を使ってリアルに再現しています。敷地内には会津歴史資料館、会津の代表的な仏画を中心に展示した美術館・青龍の他、会津・福島の名品を揃えた総合売店「郷工房古今」や会津の伝統的な郷土料理が味わえるレストラン「九曜亭」などが併設されています。

 

赤べこや起き上がり小法師の絵付体験などもできます。 また、会津武家屋敷、西郷頼母邸や会津の歴史などを楽しく学びながら見学して頂ける探検クイズカード(1枚300円 3種類)を用意しています。 全問正解者には記念品贈呈。

 

 

御薬園(国指定名勝・会津松平氏庭園)

 

室町時代に葦名盛久が霊泉の湧きだしたこの地に別荘を建てたのがはじまりと言われています。昭和7年に徳川時代の代表的な大名型山水庭園として国の名勝に指定されました。中央に心字の池を配した回遊式の借景園と、各種薬草を栽培する薬草園が御薬園の名前の由来です。四季折々に花が咲き誇り、歴代の藩主が愛した庭園の風情を深めてくれます。御薬園でしか味わえない秘伝の薬草茶で日頃の疲れを癒してください。

 

 

野口英世青春館・会津壹番館

 

医聖・野口英世が左手の手術を受けた会陽医院跡、一階は喫茶店になっています。青春の日、英世は会陽医院で書生として過ごし、勉学に励み、青雲の志に燃え、また恋もしました。野口英世に関する様々な資料が展示されています。

 

 

會津藩校 日新館

 

日新館は、人材の育成を目的に1803年に建設された会津藩の最高学府。藩士の子弟は10歳で入学して学問や武道に励み、心身の鍛錬に努めました。約8千坪の敷地に武道場や天文台、日本最古のプールといわれる水練水馬池などがあり、新島八重の実兄・山本覚馬や白虎隊の少年達をはじめ、多くの優秀な人材を輩出。覚馬はのちに、この日新館で蘭学の教授も務めました。

 

当時の施設を忠実に復元された現在の日新館では、壮大な江戸建築や当時の学習の様子を観覧できるほか、弓道や座禅などの各種武士道体験や、会津の縁起物「赤べこ」などの絵付け体験も楽しめます。

 

 

旧滝沢本陣(国指定史跡・国指定重要文化財)

 

参勤交代や領内巡視などの際の殿様の休息所。戊辰戦争の際に本営となり、白虎隊もここで命をうけて戸ノ口原戦場へと出陣していきました。

 

茅葺きの屋根におおわれた書院づくりの建物は、国の重要文化財に指定され、御入御門、御座の間、御次の間などが当時の姿のまま残されており、さらに歴代藩主の愛用した身回り品、参勤交代の道具類、古文書なども保管されています。建物のあちらこちらには弾痕や刀傷があり、当時の戦いの痕跡をとどめています。

 

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秋の京都旅行ならこの絶景を見逃せない

京都の旅館(ホテル)

 

何度訪れても、毎年必ず見たくなるのが京都の紅葉寺社の建物と真っ赤な紅葉が重なる風景は、圧巻。

 

 

清水寺

 

堂塔に彩りを添える明治期直裁のカエデ本堂とその南に立つ子安塔の間を音羽川が流れ、その川沿いは錦雲渓と呼ばれる古くからの紅葉の名所。特に本堂から塔に続く山裾の道にはカエデが多く植わり、歩きながら紅葉を透して眺める堂塔は、まさに絵画の風景。本堂舞台から眼下に広がる紅葉もすばらしい。

 

見所スポット
本堂の舞台から眼下に眺める紅葉が、迫力と感動を堪能できる。

 

 

東福寺

 

葉先が3つに分かれ黄金色に染まるカエデ法堂と開山堂の間、三ノ橋川が流れる渓谷は洗玉澗と呼ばれ、2000本ほどのカエデが植わっている。美しいカエデの帯を眼下にできるのが、渓谷を跨ぐ通天橋。カエデは開山の聖一国師円爾弁円が中国の宋から持ち帰ったのが起源とされ、通天紅葉ともいわれる。

 

見所スポット
平日の早朝、臥雲橋か58天橋を眺めると新鮮な朱色が楽しめる。

 

 

嵐山

 

古から知られた紅葉の景勝地渡月橋を手前にして眺める紅葉の嵐山は、京の秋を代表する風景として知られているが、亀岡市から嵐山まで続く保津峡沿いの紅葉もそれにも劣らない美しさがある。カエデの樹間から、保津川下りの船を眺める光景は、静寂さの中に動きを感じさせる異質の美がある。

 

見所スポット
カエデの樹間から、保津川下りの船を眺めると日本画の世界。

 

 

南禅寺

 

厳粛な禅寺に華やぎを添える紅葉で知られる寺だが、盗賊石川五右衛門が「絶景かな、絶景かな」と、豪壮な造りの三門上から口にする歌舞伎『楼門五三桐』の台詞は、春の光景。現在なら、紅葉の美しさを褒めることだろう。特に朝日を背に、三門を彩るカエデの風景は荘厳な雰囲気を漂わせる。

 

見所スポット
朝日を背にした三門周辺が、紅葉の華やかさに荘厳さを加える。

 

 

常寂光寺

 

参道が紅葉の落ち葉で敷き詰められる紅葉の名所小倉山の山麓に立つ古刹。萱葺きの仁王門周辺、石段の正面参道、なだらかな脇参道などは朱色で華やぐ。登りつめると本堂と庫裏、その奥に多宝塔。この堂塔も紅葉に染まり、境内がまさに紅葉一色。嵯峨野を代表するカエデの寺だ。

 

見所スポット
カエデのトンネルの参道から見る仁王門は見ておきたい紅葉風景。

 

 

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